2011年9月23日金曜日

最後のマンガ生活

月曜日、ブルキナへ帰ってきて4ヶ月ぶりに、任地マンガ市へ再赴任。

先に任地へ帰って行った隊員たちが、4ヶ月空けていた家は

ほこりや虫の死骸で大変なことになってたということを聞いていただけに、

不安と恐怖だった^^;

家に着くと、ガルディアン(警備員)のローランとポールが待っていてくれた。

今日、帰ってくることがわかってたみたいで、ローランなんかは、

自分が今日夜のガルディアンじゃないのに、部屋の掃除をするために

わざわざ待っていてくれてたみたい。

ほんと、いい人^^

着くや否や、2人は荷物を運び、せっせと部屋の掃き掃除からはじめてくれた^^;

調整員と一緒にご飯を食べに出たかったけど、なかなか切り出すタイミングがないくらい、

すごい勢いで掃除してくれた^^;

とりあえずご飯食べてからやろう!!

ってことで、帰ってきて、再度開始。

さすがに4ヶ月空けてた家は、やっぱりすごかった^^;

砂埃と、やもりの糞・・

ま、耐えられないという感じではなかったけど、すべてはいて、洗って・・

2人のガルディアンがいなかったらほんと大変だったな。。



2人に助けられ、1日で何とか住める家に。

でも、また木曜日にはマンガを離れ、次の任地、ボロモへ向けての準備をしなくちゃ

いけなかったから、せっかくきれいにしてもらって、ほっとしたのもつかの間って

感じだったな~~



久しぶりのマンガはやっぱりよくて、同僚や配属先の人たちと会うとほっとした☆

サワドゴもすごく楽しみにしてくれたみたいで、ほんとにうれしかった^^

夕方家に遊びに行くと、退避前奥さんのおなかが大きかったのをみてたから

赤ちゃんがいるかな~と思ってたら、やっぱりそうで、抱っこさせてもらえた☆




いや~まじかわいい!!

日本からベビー服買ってきてよかったー☆




どっちにも似てるね^-^




でも、もうこの家にもふら~っとやってきて、一緒にご飯食べたりすることも

ないんだな~って思うと、さみしいな。って感じで、一日一日を大事にしようって

すごい思ったね。普段何気なくすごしてたマンガが、こんなにも大事に思えるとは・・



でも4ヶ月はすっごい長かったのか、赤ちゃんの誕生と反対にかなしいこともあった。

家の前の兄弟の一人が、マラリアで亡くなっていた;_;

今まで、こういうこと、聴いたことはあったけど、実際に身近にいなかったから、

実感なかったけど、いつも私が家に帰ると荷物持ってくれたり、

おしゃべりしよ~って寄ってくるジュディが

見当たらないから、お姉ちゃんに、

「ジュディは?」

って聞いたら、悲しそうな顔して、

「6月に死んだんだ。マラリアで。」

って。



これがこの国の現実なんだなって、その時改めて実感。

ジュディは12歳。これから楽しいこといっぱいある年頃なのに、病気で亡くなるって。。

日本だったらほとんどないことだけど、この国では長く生きることが難しいんだなって

ほんとに思った。だから一緒に働いてる同僚たちだって、今生きてることが当たり前じゃ

ないんだなって。生きることって難しいんだなって改めて考えさせられた気がする。

自分が今持ってる悩みなんて、ちっちぇー!!って思うよね。



そして最終日は、学校の先生たちがさよならを言いに、我が家にやってきてくれました。

たった1年しか一緒に働けなかったけど、ほんとフランス語のヘタクソな私に優しく

接してくれた先生たち。マンガの高校で一緒に働けてよかった☆

ブルキナベが最初で最後、私の家に8人も来てくれたし、笑



校長先生から、みんなからだよって、プレゼントもらって、こんな私でも居場所があった

んだなって、すごくうれしかった☆




次の任地、ボロモでもがんばらないとなって決意した夜。。

そして、木曜日、たくさんの荷物とともに、首都へ。




マンガのみんなに見送られて、恩返しに、また必ず日本へ帰る前に

マンガに来ようと思った^-^




首都では1週間待機して、ボロモの住む家が片付いたらボロモへ。という感じ。

なので、1週間は首都でのんびり、フランス語の勉強でもしまーす、笑

2011年9月18日日曜日

まさかの出来事、2年目スタート

波乱の幕開けとはこういうことをいうのかな~・・



ブルキナに戻ってきてから、再スタートということで

全隊員が今後の活動計画を調整員の前で発表するということがあった。

私はそれが水曜日で、活動発表をするものだと思って事務所に行った。


そしたら調整員から衝撃の事実を聞かされた。



「今日はちょっと北村さんにお話がありまして・・」

そんな冒頭から始まり、言われたことは、

「マンガの市役所(配属先)がボランティアの住居費を払えないといってきまして・・」

それはイコール、もうマンガでは活動ができないということを示していた。



「え??」



あまりに突然のことすぎて、言葉がでなかった。

せっかくブルキナに戻ってきて、また同じ環境で同じ同僚たちと2年目を過ごせると

思っていただけに、ショックと悔しさと怒りがこみ上げた。

しかも、このタイミングで・・・???

わたし、ブルキナ戻ってきた意味ないじゃん!!

そう思ったのが正直な気持ち。

ブルキナ戻ってくるってことは、同じ環境で仕事ができるんでしょ??

って思うでしょ、普通。

日本にいるときに聞かされてたら、もっと他に選択肢はあっただろうに・・

とか何とかいろんなことが頭をよぎり、さらに悔しくなった。

金曜日に正式に決定し、私に与えられた選択肢は、


○同じ体育隊員が活動してた、前回も見学に行ったことのあるボロモへ行くか。

○マンガじゃないと嫌だ、だから日本へ帰る=任期短縮か。


この2つを月曜日までに調整員に返事するということ。



いや~、究極だな。。

もう、マンガでは活動できないから、この2つしか選択肢はないなんて・・

ボロモは先輩隊員が活動していて、ブログにもアップしたことあるけど、

かなり過酷な環境。一人で授業もやらなきゃいけないし。


でも、これってある意味チャンスなんかなぁ。


マンガだったら、サワドゴ、ウエドラゴがいるから、メインで授業することはないし。

2年目もきっとダラダラして、2人に頼ってしまって、日本語使って・・って、笑

ボロモへ行けば、一人で授業しなきゃいけなくなるけど、


でもこれが本来あるべき協力隊なのかもしれんし。


でもってここで任期短縮するのはかっこ悪いやん。って思うし。

逃げるのは嫌だし!!

だから、明日の返事は、

ボロモへ行きます。って言おうかな!!と思う。

新たな環境で、2年目をスタートさせよう。

どこまでできるかわかんないけど、あと1年を切った今、

試練とチャンスだと思っていこうと思う!!

腹くくってやるしかないな。


またボロモのことも、アップしようと思うので☆



気持ちはまとまった!!

やるぜ~~~~^^

2011年9月15日木曜日

ブルキナで迎える2度目の誕生日

ちょっと遅れましたが・・

2001年9月11日、アメリカでは同時多発テロがあり、今年で10年見たいですが・・

1983年9月11日、北村家に待望の長女(?)が誕生した日でもあります^^;笑




たくさんの人に支えられながら28年目をアフリカで迎えました。

28年目の朝。



去年も同期みんなに祝ってもらい、今年もドミにいるみんなが祝ってくれました。

朝から、22-3次隊の料理長が、せっせと何かの下ごしらえをしていました。

いつも料理をみんなにふるまってくれてたので、今日も何か作ってるんだな~

って思ってチラ見をしていました^^;

夕方、おりていってみると、

「はい、ここ座って!!」



といわれ、座っていると、

「はっぴバースデートゥーユー♪」

と、みんなの大合唱☆

ドミにいるみんなが、揃ってくれました^-^



料理もすっごいたくさん☆






ほんと、至れり尽くせりで、人の温かさを感じた日です。

そして、ここまで立派に育てていただいた、親に感謝の日だなと、

改めて感じた日です。



これから、ますますがんばんないとなー・・

2011年9月10日土曜日

アフリカ上陸なり~

ついに出発!!

ブルキナへ向け、第2陣出発です。

今回、軍人施設のあった地域の隊員が帰れなくなったこともあり、

ブルキナへ戻ることのできた隊員は28人。

マックス80人くらいいたので、大幅に人数削減。

これも、また退避の可能性があったときのことを想定しての人数みたい。

一気に減ったので、同期も26人いたのが、半分以下の10人に。

他のみんなもそれぞれの国でがんばってるかな~?





行きの飛行機乗る前。

やっぱり前回、初めてブルキナへ行くときとは何か違うテンション、笑

どんなところへ行くのか知ってるだけあって、いろいろ思うことはあり^-^;




わたしのテンションもこんな感じ、笑

ま、日本でのんびり生活を4ヶ月もしてたらダレますよ・・

でもブルキナ着いたら切り替えないとね~!!

って感じだけど・・・


どう??

これ・・笑

ブルキナファソ上空ですよー


何があるの??って感じでしょ~

私はこんなところに住んでいるんですよ^^;




ま、なんとかやりまっせー



夕方、なつかしの隊員連絡所に着き、

ずっと食べたかった現地食を久しぶりに買いに行き同期と食事。

その後、同僚のウエドラゴとサワドゴに電話をし、帰ってきたよーと連絡。

が、しかし・・・

4ヶ月のブランクは大きかった、笑

言いたいことが言えず、単語が出てこない+_+;

「いつ、マンガに戻ってくるの?」

の、質問にも、19という数字が出てこなくて、サワドゴも苦笑い。。笑

「えーーーーーーっとね。。うーーーーーんとね。。」

日本語わからんつーの。って感じ^^;

ま、帰ってきたら挨拶行くから!!


ウエドラゴは首都にいるってことで、明日行くわ!!

って言ってくれて、次の日ほんとに来てくれたし^-^

いい人だ。

数分の間だったけど、変わらない会話ができてよかった。

ウエドラゴは日本語忘れてなかったよ^-^;

最後、

「サヨナラ~~」

って帰って行った、笑


今日はJICA事務所からの話を聞いて、とりあえずは終了。

明日明後日は土日なのでおやすみして、来週から語学研修。

その次の週には赴任。

という日程です。

いや~家帰るの怖いわ~・・

虫嫌いの私としては、ほんと恐怖です。家の中どうなってるのやら・・


ま、こんな感じで、ブルキナ着いても変わらずやってますよ。

2011年9月4日日曜日

おめでとう!!お幸せに☆

9月3日、大学ラクロス部時代の同期でキャプテンを務めていた友人の

結婚式に参加してきた。

7月の終わりに、

『いや~!!ちょっと!!帰ってきてんのは知ってたけど、

まだいるの知らんかって。招待状送ってないんやけど~』

と、関西弁丸出しで電話があった、^^;

9月終わり赴任くらいかな~って思ってたから、即OKをだし、

出席することができた。

ふたを開けてみたら9月7日の赴任だし、けっこーギリギリだったけど、

久しぶりのみんにも会えたし、出席できてよかった☆


会場で懐かしい顔に会い、話が尽きず結婚式場でありながら、

みんなで大声で笑いあってしまった、笑

『うちらうるさいな・・笑』

当時と変わらない同期といると、笑いが絶えず、ほんとに楽しかったな~って

とても懐かしくなった^^

変わったな~と思うことは、同期14人中苗字が変わってた人が半分いたこと・・+_+;

いや~みんな結婚していくね~~笑

焦るわ!!笑

『あんたもアフリカでみつけてきーや!!』

みんな言うけどそれだけはないから・・^^;



いよいよあと3日!!

わたしも最後の仕上げをアフリカでしてきまーす^o^

最後に、見慣れない私の結婚式衣装でお別れ~~~笑




4日後からは、これとはほど遠い衣装の私がブログにアップされてることでしょう・・笑

2011年8月19日金曜日

ついに・・帰ります。

先日、JICA本部からブルキナファソへの再赴任の知らせが届いた。

9月7日成田発。

長かった待機にようやく先がみえた。

待って待って4ヶ月、日本でゆっくり?のんびり?だらだら?していたから、

待ち望んでたはずの再赴任なのに、再赴任が発表された今、

急に帰りたくなくなっている自分がいる^^;

それだけ日本での待機が楽しかったのか・・笑

家でゴロゴロしてるわたしを引っ張り、ボランティアで

活動させてくださった前の中学校の職場方々とたくさん話せてまた

一緒に仕事ができたこと。

行く前にゆっくり挨拶ができなかった人たちとの交流や、

友達と大好きなカラオケ行ったり、笑

夏の風物詩、花火大会も行けたし。海も行ったし。

帰ってくる予定のなかったこの時期に、日本に4ヶ月もいれて、

たくさんゆっくり人と交流できたことに

感謝するくらいにならないといけないのに。。

やっぱりわたしって、自分に甘いんだな。楽な方へいっちゃうって。




『よっしゃ!!ラスト1年、やってやろか!!』




ってこと言えんかな~~~




もうちょっと気合が入らんか?!




フランス語、また覚え直しやし、生活できるか不安やし、とか、

そんなことばっか考えてしまう。

あ゛ーーーー

気合入れなおせ~~~や!!


ということで、またブログもちょくちょく再開していきます。

4ヶ月、ほぼ放置してたから、せっかくみてくれてた人が足遠のいてたやろな~^^;

すいません!!

またよろしくお願いしますね!!



2011年6月10日金曜日

日本に帰ってきて・・・

日本に帰ってきて、もうはや1ヶ月以上が過ぎた。

相変わらず、ブルキナファソは軍人が威嚇射撃を続け、軍人を含め、一般市民にも

死者や負傷者が出てしまっている状態。

そこに、日本人がいなかったことが、ほんとによかったとは思う。

けど、そのデモが続く限り、私たちがブルキナファソに帰れる可能性が

どんどんなくなっていってしまうことは確かで・・・



ついに先日、今後の予定がJICA本部から出された。

その詳細は、軍人施設がある地域に住んでいた隊員と、

その地域を経由して任地に帰らなければならない隊員は、

今後、安全に生活をし、活動を続けていくことが難しいと判断され、

帰任は不可。

その他、軍人施設のない地域に住んでいた隊員は、調整員がブルキナへ

帰り、安全かどうか調査をし、安全と認められたら、最長8月末までに

隊員を戻すというもの。

なので、ブルキナに派遣されている全87人の隊員中、

50人ちかくの隊員が帰任不可、30人が今後の調査後、帰任ということになった。

わたしは軍人施設のない任地に住んでいたので、今のところ帰任できる

可能性はまだ残っているけど、調査の結果ダメなら任国振替で違う国になる。

同期も6人の隊員が、もう帰任できないと判断され、任国振替か、任期を短縮する

道を選ばないといけない状態になった。

50人の隊員はブルキナで作り上げた人間関係や、生活スタイルは、もう戻ってこない。

その隊員の同僚や、家族のように接してくれていたブルキナの人たちとは、

もう会えないのかと思うと、本当に悲しいと思う。

その隊員たちのためにも、可能性の残された私たちは、ブルキナに

帰れるように、今は祈るだけ・・。

帰るならみんなで帰りたかっただけに、今回の判断はとっても複雑でさみしいな。

もう多かった同期で、ワイワイすることもないんだな~;_;


今は、今後の決まった予定がでるまで、日本で待つのみのわたしたちです。